* 超俺設定。
しかも 結末の分かる前の週のうちに書いたので、最期の描写が本編と違います。
世界が未だ獲物とそれ以外でしかなかった頃。
自分の名を知らず、まして他者を呼ぶことなど知りもしなかった、大虚の頃。
何を今更、と滑稽さに自嘲するが、自分が終わろうとするこの瞬間、思い起こすのは世界の始まりこそが相応しいのかもしれない。
―――貴方は此処で終わるのだろう
呼び掛けに応えはない。喉を串刺され、戦慄く唇が何を綴るのかすら分からぬこの距離を惜しむ気もない。
―――いずれ思い抱こうとも
消滅するは同じ。東仙要、
―――私は何者にも侵されぬまま死ぬことができる
何もない大地、白く埃ばかりを舞い上がらせる風は、獲物の匂いをもたらし、そして捕食者である己の匂いも運んでいたはず。出会えば闘い、勝者は敗者を喰らって力を蓄え、再び彷徨う。大虚の世界は、それだけだった。
その死神がどこをどうやって目の前に現れたのか記憶にない。領域を侵したその瞬間、是非もなく仕留めようと放った霊圧を弾かれ、間合いのぎりぎり外、跳躍して一歩の距離にある立ち姿が思い出せる最古の肖像。痩躯は闇から滑り出るように現れた。
匂いもなく、敵意も殺気もない初めての相手だったがために、次の一手を留めた。
黒衣、剥きだしの肌、爪もなく牙もなく、刃を携えるそれは、自分の素になった虚の記憶にあるようでしかし掴みきれず、
「―――幼い破面」
我知らず聞き入ったのは、己に語りかける声というものが在ると知ったからだった。食欲も征服欲も含まない、ただ意味を伝える透明な音声は、闘争と捕食しか知らぬ魂に最も縁遠いもの。
「お前はこの先、藍染様の意思の下にて闘うことになる」
命令ではなく、宣告だった。
「その先はない」
逆らうなと。命ずれば拒絶してやるものを。
唾を吐いて挑発して跳ねて喰らいついて血を流させて抵抗しようものを、この男は拒絶よりも一歩引いた場所に立つ。
「お前たちは我々の目的に適う力を備えた存在だ。だから回収する」
「抗ずれば抹消するか」
その仮定は不要、と男は言う。役に立つものを回収するだけで、それ以外に何も働きかけはしないと。
―――わたしたちは対峙するものをなくした瞬間に自己を見失う。否、それこそを死というのだろう。
自我のない破面はただの力の奔流で、そのなかで地の窪みに沿うものだけを川と名付けて地図に載せるのだろう、奴らは。名づけられなかった部分は己が一つの塊ということも知らぬまま、散っていくに違いない。
「―――断わっておくがお前たちの存在意義などどうでもいい」
「ただ、個としてのお前たちの存在を利用する。」
「お前がお前であることを、知っているか」
「これが”我”か」
目の前の生き物は酷く脆弱で、叩き潰すのは容易。なれど力以外の何かを持ってぶつかってくる。その度に、自分の殻が、力が、剣が牙が爪が尾がどこに在るかを知らされる。驚愕と昂揚。加えられた傷に滾る怒り、湧き上がる哄笑、痛痒にたじろぐ、もっと、もっともっと―――
この生き物の血に染まれば染まるほど、己の輪郭が明瞭になるのが分かる。奴の中に在る何かに己のそれが呼び起こされる。
――これが
生き物は左手を振るう。刹那こちらの肌を焼く閃光、けれど腱には遠く及ばない。構わず迫れば右手の剣に腿を裂かれた、しかしその腕を掴んで地に叩き伏す。血の匂いと、霊気のこの個体特有の匂い。湧き出した食欲に、それの顔が歪む。その血肉と霊気が己の中に入る様を思うと、胃がその存在を強烈に主張しだした。
胎の奥底で声がする。殺せ、喰らえ、優劣を明らかにせよ。その喉笛を裂いて腸を引き摺り出し迸る血潮を浴びれば更なる力を得て―――より大きな力に還れ。
それも選択肢の一つだ、己の思考に僅かに戸惑いながら、歓喜。内から湧き上がるものに抗ずることさえ可能な、これが
殻の一片でそれの肩を地に縫いとめる。跳ね上がる胸を押さえると血がしぶいた。熱く頬を叩き、伝わり落ちて軌跡を冷やす。冷やされたもの。
―――これが、我か
愕然とした一瞬、黒衣の裾が閃いて弾き飛ばされた。強かに打ち据えられたは背中、その下には白い大地。
地面とは全く異なる硬さ、せりあがる苦痛を伝える肉体―――これが”我”か!!
驚愕のまま目線を戻せば、生き物は急速に力を纏いつつあった。皓い殻が生まれ、褐色を覆ってゆく。吹き出した血は鉤爪のように延びて外殻となる。
「…っ!!」
歯列のない顎から、先程とは打って変った荒い吐息が漏れる。噴きつける霊圧に、蹈鞴を踏んだ。これがあの個体の力か。いまや立ち上がったそれは、先とは全く異なるシルエットと、比較にならない、力―――刹那迫った脚は両腕で防ぐ、飛び散る殻に混じって滲出するのは体液、受けた傷口から喪われる物に初めて思い至った。それは自分自身だ。
「お前………!」
左の指先に意識を、力を集める。咆哮―――しかし放たれた虚閃は遙かに巨大な力に阻まれて暴発する。ささくれた霊気と塵に塞がれた視界、その向こうに―否、煙幕を裂いて突き出された腕。眼前に迫るのを捻ってかわし、退くと見せて右足を軸に反転、背後へ。腕を繰り出せば、跳躍した勢いのままの足先が喉を突く。気管の潰れる音を確かに聞いたが、踝を掴んで引き倒す――――はずが、衝撃に打たれて半身は安定をなくしていた。傾けた身体を勢いのまま転がし、腕をついて追いすがる相手を避ける。
跳ね起きた一瞬、皓い腕に閃光。身を翻すには、呼吸の不安定な身体は重すぎた。
その一閃。
至近距離から虚閃に撃たれた身体は、しかし聴覚を失って失墜の感覚だけを覚え、
衝撃。欠けた視界の隅に、千切れた脳漿の飛散を確かに見た。駄目だそれは、私がなくなってしまう、砕け飛んだ殻と体組織、破片を踏み拉いて脚が近づいてくる止めろ来るな私を奪うもの――――――
振り下ろされた剣は、ただ光の残像となって眼を灼いた、
「―――見ておくがいい」
褐色の腕には、あれは尾か脚か、殻に覆われた、確かに自分の一部
「自身が失われていく様を…」
蒼白いひかりが上がった刹那、猛烈な灼熱感と疝痛が走った。のたうち、呻こうにも、喉の熱い塊と痛みが邪魔してままならない。これが私なのか。意識と意図の及ばぬこの重荷でしかない身体までもが、そしてそれすら失われていくのか。
それはならない、背筋を這い登る悪寒に、それを嫌悪する断じて止めねば、駄目だだめだだめ 奪う存在よりも奪われるそのことにはるかに ―――を感じる。
「―――それを、恐怖というのだよ。幼い破面」
ひたり、と。乾いた指を額に当てた、その姿は最前に戻った、脆弱なそれ。
「そして、これがお前だ」
血塗れた指で、身体のそこここに刻印を。額、瞼、頬、鎖骨の間。柔らかな声が、傍らに積みあがる。
此処で終わるやも知れない、そのひとつづきの活動、力、そしてお前が今感じている恐怖や思考の坐。
感情と情動と理性と、男が一つ一つ数え上げるたびに脳裏に瞬くものがある。浮かび上がるそれらに名を与え、在らしめる男が言う。それがお前だ、と。
「…お前たち破面はこの程度の傷では死なない」
ただひととき、零れ落ちた力に別れを告げよ。傷つかずに残ったものがお前だ。虚の気配と力に満ちたこの世界は、お前の胞衣。今一度、私の前に生まれ落ちてくるがいい。外気に身を曝し、己の輪郭を掴め。
―――されば、我は何なのだ
「私に対峙しているお前を、ハリベルと呼ぼう」
ハリベル、と。
その男が発した瞬間、その音は驚くほど靭い鎖となって我を外界から切り離した。
「お前に対峙する…」
私は身を起こす。力が自分に収斂するのが分かる。傷はやがて癒え、ハリベルという器に再び力が満ちるだろう。自分という器。瑕のない、力に満ちた存在。そして目の前にその男がいる、それが今のハリベルだ。
「お前に対峙する」ともに立つこと、拒絶すること、二つながらに得た権利の甘やかな香り。光悦。
立ち上がり歩むために伸ばした腕から最後の破片が落ち、男と同じ色の肌を晒した。
割かれた腹を押さえもせぬまま、もう一度嘆息する。
刺激に反応し、衝突と吸収と消滅を繰り返す。そんな塊だったはず。勝てば成長し負ければ喰われるだけ。やがて来る消滅を待ち、なお他者に牙を向く。それだけだった筈なのに。
曲がりなりにも藍染という組織に束ねられて、喰らいもしない敵を屠りそうして喰われぬままに消滅しようとしている。私はあの奔流に、力に還らない。
哄笑とともに湧き上がるは、ティア・ハリベルという名と凝った血液。
―――ご覧ください、統括官殿。
貴方が潰えるそのときに、貴方が在らしめた破面の一人が消滅する。己が己のまま死ぬ誇りも憾みも全て私だけのものだ。
―――貴方から世界は始まった。そうして、今私の世界は終わる。
横たわったその視線の先、死神の鎌が東仙要の頭を落とした。
どうでもいいけども、自分用タイトルは「破面の分節化と東仙ぱぱについて」だった。
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